HISTORY命がけの笑い、1990年から現在まで
ダチョウ倶楽部をクビになった男が、鼻から牛乳を吸った日から、すべてが始まった。日本のテレビに嫌われ、世界に愛された。仲間を2人失っても、解散しなかった。これは、まだ終わっていない物語。
3行で電撃ネットワークとは
1951–1987
ダチョウ倶楽部をクビになった男PROLOGUE / 南部虎弾

- 19517.14
山形県鶴岡市の自転車屋に、南部虎弾(本名・佐藤道彦)が生まれる。芸名の名付け親は女優・市原悦子。
- 1970s
高崎経済大学の空手部で全国大会団体2位。大学を中退してフランスへ渡る。帰国後は第一生命の営業マン、ロシア音楽舞踏団、コント赤信号と同門のテアトル・エコー養成所と、職も芸も転々とする。
- 1980
黒澤明監督『影武者』に雑兵役で出演。クレジットは「南部虎太」。
- 1985
ダチョウ倶楽部を結成し、初代リーダーに。深夜に上島竜兵へ「お前、ビー玉飲めるか?」と電話するなど、暴走伝説を量産する。
- 1987
芸風の違いと仲違いでダチョウ倶楽部を脱退。本人曰く「他の3人がテレビに出ているのを見て、クビになったことを知った」。
1988–1993
鼻から牛乳。すべてはここからORIGIN / 結成とミルクマン

- 1988頃
南部が情報誌『ぴあ』に広告を出す。「ダチョウ倶楽部を辞めた南部です。お笑い仲間募集」。新宿の喫茶店の面接に、ミュージカル養成所を辞めたばかりの19歳、ダンナ小柳が同期2人と現れる。南部の返事は「明日から練習な」。
- 1989
舞台設営のバイト仲間だった三五十五が、同じ現場のギュウゾウを連れてくる。口説き文句は「ブルース・ブラザーズみたいなグループを作る」。
- 19901月
電撃ネットワーク結成。南部・三五・ギュウゾウ・ダンナの4人。グループ名は東京国際映画祭で上映されていた同名の映画から。要確認
- 1990
最初は台本コントだった。ショーパブで、風邪をひいたダンナが「鼻をかんだら目から鼻水が出た」。それを聞いた南部が「鼻から牛乳を吸えば、目から出るんじゃないか」。コンビニで牛乳を買って実験、成功。「ミルクマン」誕生。この日から電撃は「驚かす芸」に全面転換する。「これからはこういう驚かすネタをどんどんやっていこう」── 南部虎弾
- 1990
ショーパブでフジテレビ関係者の目に留まり、深夜番組『オールナイトフジ』でテレビデビュー。準レギュラーに。
- 1991
デーブ・スペクターの紹介で、ロサンゼルスの番組『ベスト・オブ・ザ・ワースト』に出演。「電撃ネットワークじゃ外国人が発音できない」。デーブがその場で付けた名前が TOKYO SHOCK BOYS。世界進出のきっかけになる。
- 1992
カナダ・モントリオールの世界的コメディフェス「ジャスト・フォー・ラフス」に招待され、大成功。以後、世界中から出演依頼が舞い込む。
- 1993
サザンオールスターズの松田弘プロデュースで1stアルバム『ガツン!』。日本コカ・コーラ「サムソンV」のCMに出演。
1994–1999
世界を股にかけるWORLD TOUR / TOKYO SHOCK BOYS

- 19942〜4月
オーストラリア縦断ツアー、全77公演・4万人動員。国民的番組『Hey Hey It’s Saturday』に生出演。豪州は以後、電撃の「第二の故郷」になる。
- 19948月
世界最大の演劇祭、エディンバラ・フリンジに出演。観客を布団圧縮袋で真空パックする映像が、スコットランドのテレビ局に今も残っている。
- 1995
スコットランド、デンマーク、オランダ、ドイツを回る欧州ツアー36公演。デンマークでは女王マルグレーテ2世の前でダンナが「割り箸一本尻割り」を披露し、翌日の新聞一面を飾る。同じ舞台でギュウゾウはサソリに刺されながら完走した。要確認
- 1995–96
ドイツ13都市50ステージを満員にした翌朝、プロモーターの事務所がもぬけの殻。ギャラは一銭も入らず、帰りの航空券だけが残った。通称「ドイツの悲劇」。
- 19972.4
アメリカの看板番組『レイト・ショー・ウィズ・デイヴィッド・レターマン』に出演。
- 19972.19–4.13
ニューヨーク・オフブロードウェイ進出。ミネッタ・レーン劇場でプレビュー9回+本公演68回。日本人パフォーマー初の快挙。業界紙Varietyは「日本は車とテレビの次に、騒々しいコメディ一座を送ってきた」。最前列には破片よけのパラソルが用意された。「Please laugh, we’re risking our lives.(笑ってください、命がけなので)」── 当時のキャッチコピー
- 1998
海外体験記『オレ達外国じゃあビッグスター』を刊行。
- 1999
豪州「リステリン」のCMに日本人として初出演。過激すぎて短期間で打ち切り。全国ツアー「公開人体実験」。FUJI ROCK FESTIVAL に初出演し、ロックフェスの常連になっていく。
2000–2014
全国ツアーとフェスの時代TOUR & FESTIVAL

- 2000
結成10周年。初の全国ツアー「原点回帰」。豪州&ニュージーランド10都市30公演。RISING SUN ROCK FESTIVAL 初出演。
- 2001
全国ツアー「不死身の男伝説」24公演。初のアジア公演を香港で6回。キンカンのCMに出演。
- 2002
THE MAD CAPSULE MARKETS とのコラボ曲「サソリ」がオリコン週間4位。ボーカルKYONOがギュウゾウ宅で飼いサソリを見て書き下ろした曲。
- 2003
第1回東京国際コメディフェスティバルでインターナショナル大賞。英BBCの番組にも出演。
- 2004
5回目の豪州ツアー8都市、メルボルン国際コメディフェスティバル。初の韓国公演。
- 2005
結成15周年ツアー「電撃伝説〜15周年だよ全員集合!〜」。ナショナルジオグラフィックの番組で日本の奇祭を1年がかりで体験。
- 2006
英国の過激集団 Dirty Sanchez の映画で対決。電撃側が「お前らは過激で不潔すぎる」と共演を断った話は海外で語り草に。
- 2007
パリ、アムステルダム、スペイン・マヨルカ島、ロシア・ソチ(冬季五輪招致イベント)。パチンコ「CR電撃ネットワーク」が稼働。
- 2008
北野武監督『アキレスと亀』に出演。全国ツアー「危機一髪」。
- 2010
結成20周年。6回目の豪州ツアー。メルボルンの劇評は「20年経っても、衝撃は衰えていない」。東京国際フォーラムの爆風スランプ復活ライブにサプライズ出演。
- 20137月
MC三五十五、肺がんで活動休止。同年、SUMMER SONIC 大阪、BiS+非常階段との「電撃BiS階段」で夏の魔物に出演。
- 2014
渋谷WWWで約5年ぶりの単独公演「デンゲキピック」が即日完売。RISING SUN では2,000人が押し寄せ入場規制に。
2015–2019
別れと、世代交代NEXT GENERATION / 若手班

- 20153.3
三五十五、52歳で死去。赤いツナギで見送られる。お別れの会で南部は誓った。「電撃は一代で終わるつもりだった。でも三五が逝ってから考えた。電撃ネットワークを残す」。
- 20154.1
所属事務所から完全独立し、株式会社電撃兄弟社を設立。結成25周年。
- 2015
今日元気 加入。元海上自衛隊の潜水艦乗り。舞台の打ち上げで南部に「君は台本を読むタイプじゃない」と言われ、翌日、机の下から赤いツナギを渡された。要確認「黒帯をもらうような気持ちだった。これで飯を食っていくんだな、と」── 今日元気
- 20157月
13年ぶり4回目のフジロック。ギュウゾウが栃木で「ギュウ農フェス」を始める。
- 2016
応募500名超の新メンバーオーディション。元歌舞伎町ホスト四天王のランディー・ヲ様、マイケル・ジョーダンの親戚リチャード・ジョーダンが合格し、「電撃ネットワーク若手班」結成。
- 20175月
南部、糖尿病の悪化で倒れ、8時間に及ぶ心臓バイパス手術。療養後に舞台復帰。
- 20195.28
南部、妻をドナーとする生体腎移植を受ける。「人工透析になれば遠征できない、引退も覚悟した」からの復活。
2020–NOW
リーダーの死と、新生電撃ネットワークNEW ERA

- 2020
結成30周年。目黒雅叙園で記念パーティー「電撃魂」。公式ファンクラブ開設。コロナ禍で舞台が消える。
- 2021
YouTube「電撃TV」開設。コンセプトは「アカウント停止の境界線を探る」。
- 20241.20
リーダー南部虎弾、脳卒中により72歳で急逝。前夜に自宅で倒れ、その日の静岡での営業は残るメンバーだけで務めた。葬儀は「喪服厳禁」。妻は7色のアフロで喪主を務め、出棺はクラッカーと電撃のテーマ曲「Wipe Out」で。
- 20243月
ギュウゾウの推薦で、今日元気が二代目リーダーに。ツナギの背中を広告枠にする「衣装スポンサー制」を開始。品川でエスパー伊東との合同お別れ会、新衣装お披露目。5月にはフジテレビ『ザ・ノンフィクション』が南部夫妻を2週連続で特集。
- 20248.11
川崎クラブチッタで「ギュウゾウ生誕60還暦祭」。南部・三五の追善公演。この日をもってリチャード・ジョーダンが脱退。
- 20254.1
幕田みゆ 加入。結成以来初の女性メンバー。ミス東スポ2024。ランディーのバーで勧誘され、今日元気が正式オファー。東スポ1面で発表し、4月5日、栃木・小山の「最強ラーメン祭」で赤ビキニ+ツナギ、クラッカー口内爆発と布団圧縮袋即身仏で初ステージ。要確認「とりあえずサソリ食べる?」── 加入発表時のギュウゾウ
- 202512.31
渋谷ストリームホール「New Year Rock Festival」で年越し。
- 2026
南部3回忌で「新生電撃ネットワーク」お披露目。12月13日、渋谷 CIRCUS TOKYO で若手単独ライブ「Fuckin’ Party 〜若気の至り〜」。物語は続く。
LEGEND天国のメンバー
南部虎弾TORATA NAMBU / 1951–2024
初代リーダー。ダチョウ倶楽部をクビになり、電撃ネットワークを作った。「怪我をしたと言うとテレビに呼ばれなくなる」と、ピラニアに胃を噛まれても救急車を呼ばなかった男。心臓も腎臓も手術して、最後までツナギを脱がなかった。
三五十五JUGO SANGO / 1962–2015
結成メンバーでMC担当。立て板に水の喋りで、過激な芸を「ショー」に仕立てた。サソリやスッポンの調達係で、熱帯魚雑誌に連載を持つ動物通。メンバーで一番怪我が少なかった。写真・掲載可否 要確認
WORLD海外公演歴
- 1991アメリカLA『ベスト・オブ・ザ・ワースト』/ラスベガス
- 1992カナダ・モントリオールジャスト・フォー・ラフス
- 1994オーストラリア縦断ツアー77公演・4万人
- 1994スコットランド・イギリスエディンバラ・フリンジ/ロンドン
- 1995デンマーク・オランダ・ドイツ欧州36公演、王室前公演
- 1997アメリカ・ニューヨークオフブロードウェイ77回/レターマン
- 2000オーストラリア・NZ10都市30公演
- 2001香港初のアジア公演
- 2002スペインHouse of Asia
- 2004オーストラリア・韓国メルボルン国際コメディフェス
- 2007フランス・オランダ・スペイン・ロシアパリ、アムステルダム、マヨルカ、ソチ
- 2010オーストラリア20周年ツアー8都市
MEMBERS歴代メンバー
| 名前 | 在籍 | ひとこと |
|---|---|---|
| 南部虎弾初代リーダー | 1990–2024 | ダチョウ倶楽部初代リーダー。2024年1月20日逝去。 |
| 三五十五MC | 1990–2015 | 動物担当。2015年3月3日逝去。 |
| ダンナ小柳 | 1990– | ミルクマンの元祖。痛みを感じない男。 |
| ギュウゾウ | 1990– | サソリ男。一番怪我が多い。 |
| 今日元気二代目リーダー | 2015– | 元潜水艦乗り。2024年からリーダー。 |
| ランディー・ヲ様 | 2016– | 元ホスト四天王。顔中ピアス。 |
| リチャード・ジョーダン | 2016–2024 | マイケル・ジョーダンの親戚。 |
| ペリカン | 2016–2019 | 若手班。 |
| 幕田みゆ | 2025– | 初の女性メンバー。最年少。 |
※初期メンバー兼マネージャーの犬神千代吉ほか、結成前後に在籍したメンバーがいます。要確認
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