DENGEKI NETWORK / TOKYO SHOCK BOYS

HISTORY命がけの笑い、1990年から現在まで

ダチョウ倶楽部をクビになった男が、鼻から牛乳を吸った日から、すべてが始まった。日本のテレビに嫌われ、世界に愛された。仲間を2人失っても、解散しなかった。これは、まだ終わっていない物語。

1990結成
15+海外公演 国・地域
77NY オフブロードウェイ公演数
36年目、現役

3行で電撃ネットワークとは

始まり1990年、ダチョウ倶楽部をクビになった南部虎弾が、『ぴあ』の募集で集めた仲間と東京で結成。鼻から牛乳を吸って目から出す「ミルクマン」が全ての始まり。
世界へ日本のテレビから締め出されると海外へ。デーブ・スペクターが「TOKYO SHOCK BOYS」と命名し、カナダ・豪州・欧州・NYオフブロードウェイで「命がけの笑い」を売った。
いま2015年に三五十五、2024年にリーダー南部虎弾を亡くしながら解散せず、2025年に初の女性メンバー幕田みゆが加入。結成36年目の現役。

CHAPTER 01

1951–1987

ダチョウ倶楽部をクビになった男PROLOGUE / 南部虎弾

南部虎弾
南部虎弾(2022)

  • 19517.14

    山形県鶴岡市の自転車屋に、南部虎弾(本名・佐藤道彦)が生まれる。芸名の名付け親は女優・市原悦子。

  • 1970s

    高崎経済大学の空手部で全国大会団体2位。大学を中退してフランスへ渡る。帰国後は第一生命の営業マン、ロシア音楽舞踏団、コント赤信号と同門のテアトル・エコー養成所と、職も芸も転々とする。

  • 1980

    黒澤明監督『影武者』に雑兵役で出演。クレジットは「南部虎太」。

  • 1985

    ダチョウ倶楽部を結成し、初代リーダーに。深夜に上島竜兵へ「お前、ビー玉飲めるか?」と電話するなど、暴走伝説を量産する。

  • 1987

    芸風の違いと仲違いでダチョウ倶楽部を脱退。本人曰く「他の3人がテレビに出ているのを見て、クビになったことを知った」。

CHAPTER 02

1988–1993

鼻から牛乳。すべてはここからORIGIN / 結成とミルクマン

ダンナ小柳
ダンナ小柳(2022)

  • 1988頃

    南部が情報誌『ぴあ』に広告を出す。「ダチョウ倶楽部を辞めた南部です。お笑い仲間募集」。新宿の喫茶店の面接に、ミュージカル養成所を辞めたばかりの19歳、ダンナ小柳が同期2人と現れる。南部の返事は「明日から練習な」。

  • 1989

    舞台設営のバイト仲間だった三五十五が、同じ現場のギュウゾウを連れてくる。口説き文句は「ブルース・ブラザーズみたいなグループを作る」。

  • 19901月

    電撃ネットワーク結成。南部・三五・ギュウゾウ・ダンナの4人。グループ名は東京国際映画祭で上映されていた同名の映画から。要確認

  • 1990

    最初は台本コントだった。ショーパブで、風邪をひいたダンナが「鼻をかんだら目から鼻水が出た」。それを聞いた南部が「鼻から牛乳を吸えば、目から出るんじゃないか」。コンビニで牛乳を買って実験、成功。「ミルクマン」誕生。この日から電撃は「驚かす芸」に全面転換する。「これからはこういう驚かすネタをどんどんやっていこう」── 南部虎弾

  • 1990

    ショーパブでフジテレビ関係者の目に留まり、深夜番組『オールナイトフジ』でテレビデビュー。準レギュラーに。

  • 1991

    デーブ・スペクターの紹介で、ロサンゼルスの番組『ベスト・オブ・ザ・ワースト』に出演。「電撃ネットワークじゃ外国人が発音できない」。デーブがその場で付けた名前が TOKYO SHOCK BOYS。世界進出のきっかけになる。

  • 1992

    カナダ・モントリオールの世界的コメディフェス「ジャスト・フォー・ラフス」に招待され、大成功。以後、世界中から出演依頼が舞い込む。

  • 1993

    サザンオールスターズの松田弘プロデュースで1stアルバム『ガツン!』。日本コカ・コーラ「サムソンV」のCMに出演。

CHAPTER 03

1994–1999

世界を股にかけるWORLD TOUR / TOKYO SHOCK BOYS

ギュウゾウ
ギュウゾウ(2022)

  • 19942〜4月

    オーストラリア縦断ツアー、全77公演・4万人動員。国民的番組『Hey Hey It’s Saturday』に生出演。豪州は以後、電撃の「第二の故郷」になる。

  • 19948月

    世界最大の演劇祭、エディンバラ・フリンジに出演。観客を布団圧縮袋で真空パックする映像が、スコットランドのテレビ局に今も残っている。

  • 1995

    スコットランド、デンマーク、オランダ、ドイツを回る欧州ツアー36公演。デンマークでは女王マルグレーテ2世の前でダンナが「割り箸一本尻割り」を披露し、翌日の新聞一面を飾る。同じ舞台でギュウゾウはサソリに刺されながら完走した。要確認

  • 1995–96

    ドイツ13都市50ステージを満員にした翌朝、プロモーターの事務所がもぬけの殻。ギャラは一銭も入らず、帰りの航空券だけが残った。通称「ドイツの悲劇」。

  • 19972.4

    アメリカの看板番組『レイト・ショー・ウィズ・デイヴィッド・レターマン』に出演。

  • 19972.19–4.13

    ニューヨーク・オフブロードウェイ進出。ミネッタ・レーン劇場でプレビュー9回+本公演68回。日本人パフォーマー初の快挙。業界紙Varietyは「日本は車とテレビの次に、騒々しいコメディ一座を送ってきた」。最前列には破片よけのパラソルが用意された。「Please laugh, we’re risking our lives.(笑ってください、命がけなので)」── 当時のキャッチコピー

  • 1998

    海外体験記『オレ達外国じゃあビッグスター』を刊行。

  • 1999

    豪州「リステリン」のCMに日本人として初出演。過激すぎて短期間で打ち切り。全国ツアー「公開人体実験」。FUJI ROCK FESTIVAL に初出演し、ロックフェスの常連になっていく。

CHAPTER 04

2000–2014

全国ツアーとフェスの時代TOUR & FESTIVAL

赤いつなぎ時代の電撃ネットワーク
赤いつなぎ時代(2022)

  • 2000

    結成10周年。初の全国ツアー「原点回帰」。豪州&ニュージーランド10都市30公演。RISING SUN ROCK FESTIVAL 初出演。

  • 2001

    全国ツアー「不死身の男伝説」24公演。初のアジア公演を香港で6回。キンカンのCMに出演。

  • 2002

    THE MAD CAPSULE MARKETS とのコラボ曲「サソリ」がオリコン週間4位。ボーカルKYONOがギュウゾウ宅で飼いサソリを見て書き下ろした曲。

  • 2003

    第1回東京国際コメディフェスティバルでインターナショナル大賞。英BBCの番組にも出演。

  • 2004

    5回目の豪州ツアー8都市、メルボルン国際コメディフェスティバル。初の韓国公演。

  • 2005

    結成15周年ツアー「電撃伝説〜15周年だよ全員集合!〜」。ナショナルジオグラフィックの番組で日本の奇祭を1年がかりで体験。

  • 2006

    英国の過激集団 Dirty Sanchez の映画で対決。電撃側が「お前らは過激で不潔すぎる」と共演を断った話は海外で語り草に。

  • 2007

    パリ、アムステルダム、スペイン・マヨルカ島、ロシア・ソチ(冬季五輪招致イベント)。パチンコ「CR電撃ネットワーク」が稼働。

  • 2008

    北野武監督『アキレスと亀』に出演。全国ツアー「危機一髪」。

  • 2010

    結成20周年。6回目の豪州ツアー。メルボルンの劇評は「20年経っても、衝撃は衰えていない」。東京国際フォーラムの爆風スランプ復活ライブにサプライズ出演。

  • 20137月

    MC三五十五、肺がんで活動休止。同年、SUMMER SONIC 大阪、BiS+非常階段との「電撃BiS階段」で夏の魔物に出演。

  • 2014

    渋谷WWWで約5年ぶりの単独公演「デンゲキピック」が即日完売。RISING SUN では2,000人が押し寄せ入場規制に。

CHAPTER 05

2015–2019

別れと、世代交代NEXT GENERATION / 若手班

今日元気
今日元気(2022)

  • 20153.3

    三五十五、52歳で死去。赤いツナギで見送られる。お別れの会で南部は誓った。「電撃は一代で終わるつもりだった。でも三五が逝ってから考えた。電撃ネットワークを残す」。

  • 20154.1

    所属事務所から完全独立し、株式会社電撃兄弟社を設立。結成25周年。

  • 2015

    今日元気 加入。元海上自衛隊の潜水艦乗り。舞台の打ち上げで南部に「君は台本を読むタイプじゃない」と言われ、翌日、机の下から赤いツナギを渡された。要確認「黒帯をもらうような気持ちだった。これで飯を食っていくんだな、と」── 今日元気

  • 20157月

    13年ぶり4回目のフジロック。ギュウゾウが栃木で「ギュウ農フェス」を始める。

  • 2016

    応募500名超の新メンバーオーディション。元歌舞伎町ホスト四天王のランディー・ヲ様、マイケル・ジョーダンの親戚リチャード・ジョーダンが合格し、「電撃ネットワーク若手班」結成。

  • 20175月

    南部、糖尿病の悪化で倒れ、8時間に及ぶ心臓バイパス手術。療養後に舞台復帰。

  • 20195.28

    南部、妻をドナーとする生体腎移植を受ける。「人工透析になれば遠征できない、引退も覚悟した」からの復活。

CHAPTER 06

2020–NOW

リーダーの死と、新生電撃ネットワークNEW ERA

現在のメンバー5人
新生電撃ネットワーク(2026)

  • 2020

    結成30周年。目黒雅叙園で記念パーティー「電撃魂」。公式ファンクラブ開設。コロナ禍で舞台が消える。

  • 2021

    YouTube「電撃TV」開設。コンセプトは「アカウント停止の境界線を探る」。

  • 20241.20

    リーダー南部虎弾、脳卒中により72歳で急逝。前夜に自宅で倒れ、その日の静岡での営業は残るメンバーだけで務めた。葬儀は「喪服厳禁」。妻は7色のアフロで喪主を務め、出棺はクラッカーと電撃のテーマ曲「Wipe Out」で。

  • 20243月

    ギュウゾウの推薦で、今日元気が二代目リーダーに。ツナギの背中を広告枠にする「衣装スポンサー制」を開始。品川でエスパー伊東との合同お別れ会、新衣装お披露目。5月にはフジテレビ『ザ・ノンフィクション』が南部夫妻を2週連続で特集。

  • 20248.11

    川崎クラブチッタで「ギュウゾウ生誕60還暦祭」。南部・三五の追善公演。この日をもってリチャード・ジョーダンが脱退。

  • 20254.1

    幕田みゆ 加入。結成以来初の女性メンバー。ミス東スポ2024。ランディーのバーで勧誘され、今日元気が正式オファー。東スポ1面で発表し、4月5日、栃木・小山の「最強ラーメン祭」で赤ビキニ+ツナギ、クラッカー口内爆発と布団圧縮袋即身仏で初ステージ。要確認「とりあえずサソリ食べる?」── 加入発表時のギュウゾウ

  • 202512.31

    渋谷ストリームホール「New Year Rock Festival」で年越し。

  • 2026

    南部3回忌で「新生電撃ネットワーク」お披露目。12月13日、渋谷 CIRCUS TOKYO で若手単独ライブ「Fuckin’ Party 〜若気の至り〜」。物語は続く。

LEGEND天国のメンバー

南部虎弾

南部虎弾TORATA NAMBU / 1951–2024

初代リーダー。ダチョウ倶楽部をクビになり、電撃ネットワークを作った。「怪我をしたと言うとテレビに呼ばれなくなる」と、ピラニアに胃を噛まれても救急車を呼ばなかった男。心臓も腎臓も手術して、最後までツナギを脱がなかった。

MC

三五十五JUGO SANGO / 1962–2015

結成メンバーでMC担当。立て板に水の喋りで、過激な芸を「ショー」に仕立てた。サソリやスッポンの調達係で、熱帯魚雑誌に連載を持つ動物通。メンバーで一番怪我が少なかった。写真・掲載可否 要確認

WORLD海外公演歴

  • 1991アメリカLA『ベスト・オブ・ザ・ワースト』/ラスベガス
  • 1992カナダ・モントリオールジャスト・フォー・ラフス
  • 1994オーストラリア縦断ツアー77公演・4万人
  • 1994スコットランド・イギリスエディンバラ・フリンジ/ロンドン
  • 1995デンマーク・オランダ・ドイツ欧州36公演、王室前公演
  • 1997アメリカ・ニューヨークオフブロードウェイ77回/レターマン
  • 2000オーストラリア・NZ10都市30公演
  • 2001香港初のアジア公演
  • 2002スペインHouse of Asia
  • 2004オーストラリア・韓国メルボルン国際コメディフェス
  • 2007フランス・オランダ・スペイン・ロシアパリ、アムステルダム、マヨルカ、ソチ
  • 2010オーストラリア20周年ツアー8都市

MEMBERS歴代メンバー

名前 在籍 ひとこと
南部虎弾初代リーダー 1990–2024 ダチョウ倶楽部初代リーダー。2024年1月20日逝去。
三五十五MC 1990–2015 動物担当。2015年3月3日逝去。
ダンナ小柳 1990– ミルクマンの元祖。痛みを感じない男。
ギュウゾウ 1990– サソリ男。一番怪我が多い。
今日元気二代目リーダー 2015– 元潜水艦乗り。2024年からリーダー。
ランディー・ヲ様 2016– 元ホスト四天王。顔中ピアス。
リチャード・ジョーダン 2016–2024 マイケル・ジョーダンの親戚。
ペリカン 2016–2019 若手班。
幕田みゆ 2025– 初の女性メンバー。最年少。

※初期メンバー兼マネージャーの犬神千代吉ほか、結成前後に在籍したメンバーがいます。要確認

電撃ネットワークの次の1行を、あなたのイベントで。出演依頼・取材・海外公演のご相談はこちらから。

テスト版:年表は制作中。「要確認」はメンバーに事実確認中の項目